昭和2年に福岡でソースメーカーとして創業したコックソース株式会社が開発したコラボソース『アマネロ』が、甘くて辛い不思議な味で話題になっています。
昨年12月に発売され、1万本を売り上げてヒット商品になっている『アマネロ』はイチゴのあまおうと福岡県産のハバネロをミックスした新感覚の調味料です。
開発には1年半の期間をかけ、イチゴの甘さと、ハバネロの辛さの絶妙な組み合わせに苦心して出来上がりました。
旬の期間が短いイチゴのあまおうは、熟しすぎたり少しの傷や、規格に合わない大きさのものは廃棄するしかないので、ソースに活用できることで無駄がなくなり一石二鳥のアイデア商品となりました。
サラダ、から揚げ、肉料理、魚料理、ピザなどにかけられ、意外な使い方としてアイスクリームやチーズにかけると一味違った味が楽しめます。
テレビで紹介されたので、売切れそうですね。
AMANERO(アマネロ)【配送料:全国一律500円(レターパックプラス)】【万能ソース/甘辛…
2016年4月11日月曜日
2016年4月4日月曜日
【シネマ散歩】ニューヨーク眺めのいい部屋売ります
ウッディアレンの「アニー・ホール」からダイアン・キートンが好きだった。
当時、映画のヒットと共にダイアン・キートンのファッションが話題になった。
女性が着るベストにネクタイといったマニッシュスタイルがすごく新鮮でかっこよかった。
ちなみに衣装は全てラルフ・ローレンだった記憶がある。
そのダイアン・キートンの最新作『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』だが、『恋愛適齢期』のように大人の関係のストーリーが好きな人にはきっとはまる作品だと思う。
原題は「5 Flights Up」
5階上という意味のとおり、ブルックリンの古いアパートの最上階の5階にアレックス(モーガン・フリーマン)とルース(ダイアン・キートン)の夫婦が住んでいる。
年をとってエレベーターのないアパートの階段の上り下りが大変になってきたので、そろそろ引越を考えはじめた。
アレックスは愛犬の10歳になるドロシーと、毎朝朝食を買いに行くのが日課なのだが、どちらも階段をのぼるのに息切れし、足腰にこたえる。
家を売るための内覧会がある日の朝に、ついにドロシーの腰が悲鳴を上げ具合が悪くなり入院することに。
やっぱり、エレベーターがないとだめよーとばかりに、妻のルースはアレックスを説得する。
アレックスは40年間住んだわが家を離れがたい。
学生時代に知り合い、黒人と白人の結婚が認められなかった州もあった時代に結ばれ、子どもができない悲しい現実もふたりで乗り越え連れ添ってきた夫婦の回想シーンがところどころでてきて、人生をともにしてきたふたりの歴史が見えてくる。
ニューヨークの住宅事情も垣間見えて興味深い。
かわいらしく芸達者な犬のドロシーや、ふたりのウイットのきいた会話にときどき笑いが起きる。
夫婦にとって人生そのものの部屋を手離そうとしたことがきっかけで、アレックスとルースと同じように、見ている観客も改めて気づかされることがあり、本当に大切なことを考えさせられる映画だ。
そして、ダイアン・キートンは年を重ねてもさりげない上質な大人のおしゃれを見せてくれた。
獣医さんが、犬のドロシーが入院するときに心配する夫婦にかけるセリフ
「(犬は)”今”に懸命になんです。」
先のことを心配して生きているのは人間だけで、犬はこの瞬間を懸命に生きていることに教えられる言葉だ。
当時、映画のヒットと共にダイアン・キートンのファッションが話題になった。
女性が着るベストにネクタイといったマニッシュスタイルがすごく新鮮でかっこよかった。
ちなみに衣装は全てラルフ・ローレンだった記憶がある。
そのダイアン・キートンの最新作『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』だが、『恋愛適齢期』のように大人の関係のストーリーが好きな人にはきっとはまる作品だと思う。
原題は「5 Flights Up」
5階上という意味のとおり、ブルックリンの古いアパートの最上階の5階にアレックス(モーガン・フリーマン)とルース(ダイアン・キートン)の夫婦が住んでいる。
年をとってエレベーターのないアパートの階段の上り下りが大変になってきたので、そろそろ引越を考えはじめた。
アレックスは愛犬の10歳になるドロシーと、毎朝朝食を買いに行くのが日課なのだが、どちらも階段をのぼるのに息切れし、足腰にこたえる。
家を売るための内覧会がある日の朝に、ついにドロシーの腰が悲鳴を上げ具合が悪くなり入院することに。
やっぱり、エレベーターがないとだめよーとばかりに、妻のルースはアレックスを説得する。
アレックスは40年間住んだわが家を離れがたい。
学生時代に知り合い、黒人と白人の結婚が認められなかった州もあった時代に結ばれ、子どもができない悲しい現実もふたりで乗り越え連れ添ってきた夫婦の回想シーンがところどころでてきて、人生をともにしてきたふたりの歴史が見えてくる。
ニューヨークの住宅事情も垣間見えて興味深い。
かわいらしく芸達者な犬のドロシーや、ふたりのウイットのきいた会話にときどき笑いが起きる。
夫婦にとって人生そのものの部屋を手離そうとしたことがきっかけで、アレックスとルースと同じように、見ている観客も改めて気づかされることがあり、本当に大切なことを考えさせられる映画だ。
そして、ダイアン・キートンは年を重ねてもさりげない上質な大人のおしゃれを見せてくれた。
獣医さんが、犬のドロシーが入院するときに心配する夫婦にかけるセリフ
「(犬は)”今”に懸命になんです。」
先のことを心配して生きているのは人間だけで、犬はこの瞬間を懸命に生きていることに教えられる言葉だ。
2016年3月30日水曜日
井の頭公園の桜と『ぺパカフェ フォレスト』のランチ
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| 早咲きの桜が咲いていた |
30年ほど前に井の頭公園の近くに住んでいたこともあり、桜の開花シーズンには自然とここに足が向く。
日中は暖かだったが、まだ朝晩の冷え込みで花の開花が遅れているようで、予想は当たらずしだれ桜と早咲きの桜意外はまだ二分咲きといったところ。
井の頭公園は池の周囲に桜が枝を広げて、水面にせり出している桜が満開になる景色を七井橋の上からの眺めが一番だ。
七井橋も改修工事が行われて広くなり何年か経つが、平日の昼間というのに人でごった返していて、ゆっくり池に映る桜を見ていられない。
.
春休みだからだろう、ボートに乗るために並んでいる人も多くいた。
ランチには公園内の七井橋を渡った正面の小高い場所にある「ペパカフェ フォレスト」に行った。
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| ペパカフェ フォレスト |
「ペパカフェ フォレスト」はエスニック料理を出す店で、自然の中で解放感を味わいながら食事ができる。
店内は半屋外空間になっているが、寒い時期は透明のビニールで覆われているので寒くはない。
犬の同伴もOKなので、店内には何人かワンちゃん連れの人もいた。
夜にも何度か利用したことがあり、満席の時に一度奥の赤いソファコーナーに案内されたことがある。
そのコーナーの棚には子ども用の絵本、ブロック、車のオモチャなども置いてあり、子ども連れでもゆっくり食事できるような配慮がしてある。
低めのソファで、他の客席とも離れているので友人と2人落ち着いて過ごせたので、子連れでなくても座りたくなる場所だった。
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| ランチメニュー |
わたしは、シンガポール料理の「海南チキンライス」が大好きで、チキンライスがあれば必ず注文する。
余談だが、一番好きなのは水道橋の「海南鶏飯ハイナンジーファン」のチキンライスで、次に好きなのは渋谷の「ガイトーン」のカオマンガイ。
「海南鶏飯」では蒸しと揚げのハーフハーフをいつも注文する。ソースがチリ、しょうが、醤油の3種類ついているのでいろいろ味わえる。
「ガイトーン」はパクチーが別容器にたっぷりついてくるのでうれしい。
ペパカフェのチキンライスは初めて食べたが、タレはそんなにクセがなくエスニック苦手の日本人にも食べやすい味だと思う。
チャイノムイェンはタイではビニール袋に入れて売っているあれだ。
ビールはハイネケンの他にタイのビール「シンハー」「リオ」「チャーン」がおいてある。
エスニック料理の時は「シンハー」が、独特の香りと苦みでさっぱりしていて、エスニック料理に合うので私は好きだ。
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| バンコク チキンライス |
●ペパカフェ フォレスト
三鷹市井の頭4-1-5
井の頭恩賜公園内
TEL::0422-42-7081
2016年3月27日日曜日
100を切るためのポイントはパターだった
相変わらずスコアは100~108の間をウロウロしていた。
苦手だったフェアウェイウッドとユーティリティーがきちんとあたるようになり、パーオンする確立もあがってきた。
ところが、せっかくパーオンしても3パットしてしまうことが多い。
なかなかこれという方法がわからなかったそんなとき、スクールできちんと習ったことでパットが劇的に入るようになった。
そんなことはもしかしたら常識だと笑われるかも知れないが、わたしは知らなかったのだ。
パターはヘッドを動かすのではなく、左右のひじを動かすということ。
肩、ひじ、手首の角度を保って打つストローク式のパッティングを10回やったら10回同じ形でできるようにすること。
そうすればパターのヘッドは勝手にボールに当たる。
当てようとせずともアドレスの位置に勝手に戻ってきてあたる。
今までのわたしはどうしてもカップに向かって手先でちょこんと打っていた。
そして、カップをねらうのでなく、カップまでの軌道の線を引いて途中の目印に向かって顔を上げずに打つこと。
ボーリングもピンをねらわず、途中の三角の目印(スパッツ)を狙う。あれと同じだ。
それから、パターのふり幅で距離感をつかむこと。
そして、今年初めてのラウンド。やっと100を切って99。
まだまだ3パットもあるので、きちんとストロークを身につけパットのセンスを磨いてもっとスコアを縮めたい。
平均パット数1位になったイ・ボミ選手のやっているしっかり芯で打てるように500円玉を2枚重ねて上の500円だけ打つ練習がいいらしい。
スコッティキャメロン パター GOLO6 (ゴーロー6) 日本正規品 2015年モデル
苦手だったフェアウェイウッドとユーティリティーがきちんとあたるようになり、パーオンする確立もあがってきた。
ところが、せっかくパーオンしても3パットしてしまうことが多い。
なかなかこれという方法がわからなかったそんなとき、スクールできちんと習ったことでパットが劇的に入るようになった。
そんなことはもしかしたら常識だと笑われるかも知れないが、わたしは知らなかったのだ。
パターはヘッドを動かすのではなく、左右のひじを動かすということ。
肩、ひじ、手首の角度を保って打つストローク式のパッティングを10回やったら10回同じ形でできるようにすること。
そうすればパターのヘッドは勝手にボールに当たる。
当てようとせずともアドレスの位置に勝手に戻ってきてあたる。
今までのわたしはどうしてもカップに向かって手先でちょこんと打っていた。
そして、カップをねらうのでなく、カップまでの軌道の線を引いて途中の目印に向かって顔を上げずに打つこと。
ボーリングもピンをねらわず、途中の三角の目印(スパッツ)を狙う。あれと同じだ。
それから、パターのふり幅で距離感をつかむこと。
そして、今年初めてのラウンド。やっと100を切って99。
まだまだ3パットもあるので、きちんとストロークを身につけパットのセンスを磨いてもっとスコアを縮めたい。
平均パット数1位になったイ・ボミ選手のやっているしっかり芯で打てるように500円玉を2枚重ねて上の500円だけ打つ練習がいいらしい。
2016年3月24日木曜日
『下鴨茶寮』の粉しょうゆストーリー
アナザースカイというテレビ番組を何気なく見ていた。
その回のゲストが小山薫堂さんだった。
小山薫堂のアナザースカイはニューヨーク。
若かりし頃、初めて訪れた場所がニューヨークで、32年後彼は下鴨茶寮の主人としてその地に立っていた。
3年前に先代の下鴨茶寮の店主から経営を引き継いだ小山薫堂さんは、ニューヨークで「bouley」というミシェランで星を獲得しているフランス料理の名店と、一夜限りのコラボレーションディナーをするために乗り込んできた。
番組で驚いたのは下鴨茶寮の料理長明石尚宏が31歳という若さであったことだ。
この料理長があの「粉しょうゆ」を生み出した人なんだとちょっと感動した。
「粉しょうゆ」は下鴨茶寮が新しく開発した調味料で、しょう油をフリーズドライしたものだ。
使用しているしょう油は250年の歴史を持つ香川県の老舗「かめびし屋」の3年熟成物で、旨みを凝縮して粉末化したものに柚子と一味を絶妙にブレンドしたのは料理長のアイデアだ。
この若き料理長を抜擢したのも小山薫堂さんだ。
彼は、テレビの世界では、「料理の鉄人」や「カノッサの屈辱」といった名番組を手がけ、脚本を手がけた映画「おくりびと」はアカデミー賞外国語映画賞を受賞している。
わたしは特に「カノッサの屈辱」と「トリセツ」がとても好きだった。
言葉の選び方とか、何かについて深く掘り下げる中に、単に知識欲を満たすだけでなくユーモアがあるところにセンスを感じる。
粉しょうゆの開発のきっかけも小山薫堂さんが、てんぷらの衣の食感を損なわないための調味料の開発を料理長に提案したという話だ。
舞台が老舗料亭に変わっても、彼の「企画は全てオーダーメード」という考え方が、クライアントのニーズを敏感に察して伝統的なものを残しつつ新しい風を巧く吹き込んでいると感じる。
京都の老舗料亭がなぜ東京の脚本家に店を託したのかとても意外に思った人は少なくないと思う。
井上章一さんの「京都ぎらい」の中に書いてある京都人は、大阪生まれで京都の学校に通っていたことのあるわたしも、「へー京都ってほんまいやらしいなー。」と感じ入ったほど同じ京都人同士でも見下して疎外する気位の高いお人たちだ。
下鴨茶寮の先代のご主人は、よっぽど小山薫動さんのお人柄と知識と才能に惚れこみはったに違いない。
わたしも毎週ではないが、日曜日に車で出かけるときは毎回FM東京の小山薫堂さんの「じゃぱもん」を聴いているほど小山薫動さんのファンだ。
「じゃぱもん」は日本全国のいいものを紹介する番組だが、紹介されるもののそれぞれのストーリーが興味深く、そこに旅したくなるのがいい。
これが話題の「下鴨茶寮の粉しょうゆ」
肉料理、魚料理、刺身に、卵料理、焼き野菜によし。バニラアイスにも。
粉なのでお弁当や旅行にもって行きやすい。
まだまだ話のネタになるし、美味しいもの好きの人にあげると喜ばれますよ。

下鴨茶寮
その回のゲストが小山薫堂さんだった。
小山薫堂のアナザースカイはニューヨーク。
若かりし頃、初めて訪れた場所がニューヨークで、32年後彼は下鴨茶寮の主人としてその地に立っていた。
3年前に先代の下鴨茶寮の店主から経営を引き継いだ小山薫堂さんは、ニューヨークで「bouley」というミシェランで星を獲得しているフランス料理の名店と、一夜限りのコラボレーションディナーをするために乗り込んできた。
番組で驚いたのは下鴨茶寮の料理長明石尚宏が31歳という若さであったことだ。
この料理長があの「粉しょうゆ」を生み出した人なんだとちょっと感動した。
「粉しょうゆ」は下鴨茶寮が新しく開発した調味料で、しょう油をフリーズドライしたものだ。
使用しているしょう油は250年の歴史を持つ香川県の老舗「かめびし屋」の3年熟成物で、旨みを凝縮して粉末化したものに柚子と一味を絶妙にブレンドしたのは料理長のアイデアだ。
この若き料理長を抜擢したのも小山薫堂さんだ。
彼は、テレビの世界では、「料理の鉄人」や「カノッサの屈辱」といった名番組を手がけ、脚本を手がけた映画「おくりびと」はアカデミー賞外国語映画賞を受賞している。
わたしは特に「カノッサの屈辱」と「トリセツ」がとても好きだった。
言葉の選び方とか、何かについて深く掘り下げる中に、単に知識欲を満たすだけでなくユーモアがあるところにセンスを感じる。
粉しょうゆの開発のきっかけも小山薫堂さんが、てんぷらの衣の食感を損なわないための調味料の開発を料理長に提案したという話だ。
舞台が老舗料亭に変わっても、彼の「企画は全てオーダーメード」という考え方が、クライアントのニーズを敏感に察して伝統的なものを残しつつ新しい風を巧く吹き込んでいると感じる。
京都の老舗料亭がなぜ東京の脚本家に店を託したのかとても意外に思った人は少なくないと思う。
井上章一さんの「京都ぎらい」の中に書いてある京都人は、大阪生まれで京都の学校に通っていたことのあるわたしも、「へー京都ってほんまいやらしいなー。」と感じ入ったほど同じ京都人同士でも見下して疎外する気位の高いお人たちだ。
下鴨茶寮の先代のご主人は、よっぽど小山薫動さんのお人柄と知識と才能に惚れこみはったに違いない。
わたしも毎週ではないが、日曜日に車で出かけるときは毎回FM東京の小山薫堂さんの「じゃぱもん」を聴いているほど小山薫動さんのファンだ。
「じゃぱもん」は日本全国のいいものを紹介する番組だが、紹介されるもののそれぞれのストーリーが興味深く、そこに旅したくなるのがいい。
これが話題の「下鴨茶寮の粉しょうゆ」
肉料理、魚料理、刺身に、卵料理、焼き野菜によし。バニラアイスにも。
粉なのでお弁当や旅行にもって行きやすい。
まだまだ話のネタになるし、美味しいもの好きの人にあげると喜ばれますよ。
下鴨茶寮
2016年3月3日木曜日
【日本橋散策】下田直子ハンドクラフト展と島根館のがいな丼
2月の温かい日曜日。
バレンタインデーのチョコを買い求める客でにぎわう日本橋三越に行ってきた。
大好きな手芸作家の下田直子さんの『ハンドクラフト展』を観るためだ。
会場は多くの女性でにぎわっていて、改めて今手作りブームなのだと感じた。
下田直子さんの初期のころからの作品が一堂に観ることができ、その作品数の多さと枯れることのない創作意欲におおいに刺激を受けた。
常に新しいテクニックを取り入れ、伝統的な意匠と新しいデザインの融合、何よりそのすばらしい色彩感覚はさすがだ。
ニットデザイナーとして「FICCE UOMO」に勤務されていた経歴をうかがい納得。
「FICCE UOMO」といえばバブル期のデザイナーブランドで、今はドン小西で有名な小西良幸がデザイナーのカラフルな色使いのニットが売りだったブランドだと記憶している。
当時ビートたけしがよく着ていた。
来場者の感想文が壁に貼られている中に、スタイリストの高橋みどりさんを発見!
高橋みどりさんの直筆とイラストを拝見できてラッキー!な気分。
「下田さんの作品は素晴らしく、ご一緒にお仕事できたことを誇りに思います。」というような感想だったと思う。そして一番お気に入りのバックのイラストを添えてあった。
わたしが一番気に入ったのはスモック刺繍のコーナー。
ものすごく細かくいろいろなテクニックで刺してあって、平面な生地が摘み方で驚くほど立体的で陰影のある刺繍になるところだ。
いつか私もカッコイイスモックのバックを作りたい・・・と思っている。
それから、日本橋に来たら絶対食べようと決めていた島根館にある「主水」の「焼き鯖のがいな丼」を食べた。
「がいな」とは島根の方言で「スゴイとか大きい」の意味。
がいな丼はひつまぶしのように、1杯目はタレをかけてそのままよく混ぜて食べ、2杯目は薬味を入れて食べ、3杯目は特製だしをかけてお茶漬けにして食べる。
ボリューム満点で、焼き鯖のほぐし身、いくら、大葉、のりが乗っていた。
いやー美味しかった。
次は、数量限定で売り切れたいた「海鮮がいな丼」も食べてみたい。
おととしに出雲に旅したときにはがいな丼にはめぐり合わなかった。
東京は全国のうまいもんが集まるいいところだ。
バレンタインデーのチョコを買い求める客でにぎわう日本橋三越に行ってきた。
大好きな手芸作家の下田直子さんの『ハンドクラフト展』を観るためだ。
会場は多くの女性でにぎわっていて、改めて今手作りブームなのだと感じた。
下田直子さんの初期のころからの作品が一堂に観ることができ、その作品数の多さと枯れることのない創作意欲におおいに刺激を受けた。
常に新しいテクニックを取り入れ、伝統的な意匠と新しいデザインの融合、何よりそのすばらしい色彩感覚はさすがだ。
ニットデザイナーとして「FICCE UOMO」に勤務されていた経歴をうかがい納得。
「FICCE UOMO」といえばバブル期のデザイナーブランドで、今はドン小西で有名な小西良幸がデザイナーのカラフルな色使いのニットが売りだったブランドだと記憶している。
当時ビートたけしがよく着ていた。
来場者の感想文が壁に貼られている中に、スタイリストの高橋みどりさんを発見!
高橋みどりさんの直筆とイラストを拝見できてラッキー!な気分。
「下田さんの作品は素晴らしく、ご一緒にお仕事できたことを誇りに思います。」というような感想だったと思う。そして一番お気に入りのバックのイラストを添えてあった。
わたしが一番気に入ったのはスモック刺繍のコーナー。
ものすごく細かくいろいろなテクニックで刺してあって、平面な生地が摘み方で驚くほど立体的で陰影のある刺繍になるところだ。
いつか私もカッコイイスモックのバックを作りたい・・・と思っている。
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| アンテナショップ 日本橋島根館 |
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| 島根館に隣接している「主水」 |
それから、日本橋に来たら絶対食べようと決めていた島根館にある「主水」の「焼き鯖のがいな丼」を食べた。
「がいな」とは島根の方言で「スゴイとか大きい」の意味。
![]() |
| 「主水」のメニュー |
がいな丼はひつまぶしのように、1杯目はタレをかけてそのままよく混ぜて食べ、2杯目は薬味を入れて食べ、3杯目は特製だしをかけてお茶漬けにして食べる。
ボリューム満点で、焼き鯖のほぐし身、いくら、大葉、のりが乗っていた。
いやー美味しかった。
次は、数量限定で売り切れたいた「海鮮がいな丼」も食べてみたい。
![]() |
| 焼き鯖のガイナ丼 |
おととしに出雲に旅したときにはがいな丼にはめぐり合わなかった。
東京は全国のうまいもんが集まるいいところだ。
2016年2月29日月曜日
「自分の持ち物を3分の1にする」ということ
わたしの母は72歳で亡くなった。
心筋梗塞で突然の事だった。
姉の家族たちと敬老の日の食事をした翌日のことだった。
同じ年の春に父ががん闘病の末なくなり、とても落ち込んではいたが、そんなに急になくなるなんて誰も思っていなかった。
母が亡くなったあと驚いたことがある。
まるで、死ぬことを予感していたかのように、必要最小限のものだけを残して、ほとんどのものをかたづけてあったことだ。
洋服、着物、貴重品、食器、書類。
亡くなった後の手続きに必要なものは金庫に整理してしまってあった。
そのおかげで遺品整理にほとんど困らなかった。
そういえば子どもたちが独立したり結婚してみんな家を出たころから、母が家のものを片付け始めたことを、人生の折り返しの年齢になり、残りの人生のことを考えたときに思い出した。
実家に帰るたびに、たくさんあった食器や大きな鍋がなくなっていたり、着物をくれたり、貴金属をくれたりするようになった。
「もう夫婦ふたりでそんなに物はいらないのよ。」といって新しいものを買わなくなった。
家はいつもきれいに片付いて、空気がきれいに感じる家だった。
不思議なもので、いつのまにか子どもは親と同じことをする。
わたしも、子どもが巣立ってからいつ死んでも子どもが困らないように、身の回りのものをかたづけておきたいと考えるようになった。
だが、いざ手をつけようとするとななかなか進まない。
そんな時、本屋さんで手にとった有元葉子さんの本。『毎日すること。ときどきすること。』の中に「ものを3分の1に減らしながら暮らす」という文があった。
ときどき必ずすることの中に、有本葉子さんの整理法が紹介してあり、物を「使う」「使わない」「使うかどうかわからない」の3つにわけ、「使うかどうかわからないもの」はとっておかないで「使わない」ほうに分けることがポイントだ。
今まで読んだ整理や断捨離の本は、「わからないもの」は一定期間様子を見て捨てる考え方がほとんどだったので、わたしにとって目からうろこだ。
こうすると、物が3分の1に減るわけだ。
それから、かたづけはいっぺんにやらないで、日々の暮らしの中の30分、1時間の空き時間を「冷蔵庫の1段だけの整理」とか「戸棚を30分だけ整理」とか限定してやる方法もスッキリをキープするコツのようだ。
本当に必要なもの、お気に入りのものだけに囲まれてスッキリと暮らしていた母のような暮らしを目指して、これから毎日すること。ときどきすること。を取り入れてみようと思う。
毎日すること。ときどきすること。 [ 有元葉子 ]
心筋梗塞で突然の事だった。
姉の家族たちと敬老の日の食事をした翌日のことだった。
同じ年の春に父ががん闘病の末なくなり、とても落ち込んではいたが、そんなに急になくなるなんて誰も思っていなかった。
母が亡くなったあと驚いたことがある。
まるで、死ぬことを予感していたかのように、必要最小限のものだけを残して、ほとんどのものをかたづけてあったことだ。
洋服、着物、貴重品、食器、書類。
亡くなった後の手続きに必要なものは金庫に整理してしまってあった。
そのおかげで遺品整理にほとんど困らなかった。
そういえば子どもたちが独立したり結婚してみんな家を出たころから、母が家のものを片付け始めたことを、人生の折り返しの年齢になり、残りの人生のことを考えたときに思い出した。
実家に帰るたびに、たくさんあった食器や大きな鍋がなくなっていたり、着物をくれたり、貴金属をくれたりするようになった。
「もう夫婦ふたりでそんなに物はいらないのよ。」といって新しいものを買わなくなった。
家はいつもきれいに片付いて、空気がきれいに感じる家だった。
不思議なもので、いつのまにか子どもは親と同じことをする。
わたしも、子どもが巣立ってからいつ死んでも子どもが困らないように、身の回りのものをかたづけておきたいと考えるようになった。
だが、いざ手をつけようとするとななかなか進まない。
そんな時、本屋さんで手にとった有元葉子さんの本。『毎日すること。ときどきすること。』の中に「ものを3分の1に減らしながら暮らす」という文があった。
ときどき必ずすることの中に、有本葉子さんの整理法が紹介してあり、物を「使う」「使わない」「使うかどうかわからない」の3つにわけ、「使うかどうかわからないもの」はとっておかないで「使わない」ほうに分けることがポイントだ。
今まで読んだ整理や断捨離の本は、「わからないもの」は一定期間様子を見て捨てる考え方がほとんどだったので、わたしにとって目からうろこだ。
こうすると、物が3分の1に減るわけだ。
それから、かたづけはいっぺんにやらないで、日々の暮らしの中の30分、1時間の空き時間を「冷蔵庫の1段だけの整理」とか「戸棚を30分だけ整理」とか限定してやる方法もスッキリをキープするコツのようだ。
本当に必要なもの、お気に入りのものだけに囲まれてスッキリと暮らしていた母のような暮らしを目指して、これから毎日すること。ときどきすること。を取り入れてみようと思う。
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